

阪神・淡路大震災の事例から考えるBCP
「阪神淡路大震災1.17のつどい」(写真提供:神戸市/阪神・淡路大震災「1.17の記録」) 「1.17」に発生した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)からまもなく31年が経とうとしています。 日本でBCPの考え方が広まったのは2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降といわれており、1995年の震災当時はBCP(事業継続計画)の考え方はほとんど普及していませんでした。 BCPのルーツは、1970年代の欧米では情報システムやコンピュータへの依存が高まり、システムが止まることによる業務停止を回避したいという動きが高まったことからです 1) 。 当初はDRP(Disaster Recovery Plan; 災害復旧計画)という発想から始まりましたが、それだけではいけない、BCPに取り組まないとカバーできない、という転換が起きたのは、米国・ロサンゼルスで1988年に発生したファースト・インターステート・バンクビル火災が一つのきっかけと言われています 2) 。 この銀行は近隣にバックアップセンターがあったことが功を奏し、数日以内での営業再開ができたことで、事業
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